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お祭りの日に、飴玉を買ってくれたひと。
宮本輝の大作『流転の海』を読み返すといつも優しかった祖父のことを思い出す。
祖父の七回忌のために、大阪へ行った。
優しくて逞しく、まっすぐな祖父だった。
私は、祖父母の若いときの初孫だったので、長い間、たいそう可愛がってもらった。
同時に、悪いことをしたときには、威圧感のある目でこちらを見て、きちんと叱ってくれた。

ずるいことしたら絶対にあかん。
人にはいつも、ええ方を渡しなさい。
悪いことしたら、必ず自分に返ってくるで。

お祭りが大好きで、縁日で出店があると、私たち孫を必ず誘って連れだしてくれた。
 父の撮った、ある縁日の写真の中に、大好きな写真がある。
その写真は、大きな飴玉を売っている屋台の裏側から撮ったものだ。
孫たちは、色とりどりの飴ちゃんをそれぞれ真剣な眼差しで選んでおり、祖父はなんともいえない優しい顔をして、少し後ろでお財布をポケットから出している。
隣の屋台では、赤や青の風ぐるまが回っている。
たっぷりの愛情を注いでもらっていた。
この記憶が私たち孫にはあるのだと思うと、今ありがたい気持ちでいっぱいだ。

宮本輝の『流転の海』シリーズ(新潮社)を改めて読み返した。
第二部『地の星』、第三部『血脈の火』、第四部『天の夜曲』、そして現在第五部『花の回廊』まで出ており、まだ完結はしていない。
一冊ずつが分厚いにも関わらず、一度読み出すと止まらなくなる。
大事なことが沢山書いてあると感じて、ページに印をつけていったら、一冊ずつが更に分厚い本になってしまった。
小説は、主人公熊吾が、五十歳で初めての子供を授かるというところから始まる。
突然授かった男の子に伸仁と名づけ、この子が二十歳になるまでは絶対生きてみせると、戦後の激動の中を、運命に翻弄されながらも、家族と様々な人間たちと懸命に生きていく物語だ。
熊吾は、伸仁に、様々な心のありかたについて教えているが、熊吾の諭し方、伸仁の相槌の打ち方に、いつも心がほろほろとする。

熊吾は、きょうの誕生日の記念撮影のために、朝、理髪店で刈り揃えた伸仁の前髪をかきあげて、
「心根は、きれいでなきゃあいけんぞ」
 と言った。五歳の子に、<心根>という言葉が理解できないことは承知していたが、熊吾は、いま伸仁にわからなくてもいいのだと思った。
「だんだんおとなになっていくと、いろんな悪さをするもんじゃ。しかし、人間として根本のところで心根がきれいじゃと、神さまが助けて下さる。お前にどんな困ったことが起こっても、お前の心根がきれいじゃったら、いろんな神さまが集まってきて、お前を護って下さるんじゃ」
「神さまは、ぎょうさんおるんか?」
 と伸仁は何度もまばたきをしながら訊いた。
「心根のきれいな人を助けるために、いろんな神さんがあっちこっちにうじゃうじゃおるんじゃ」
伸仁は天井に視線を走らせ、うしろを振り返り、それから部屋のあちこちを見やった。
「人をだまして金儲けをしようとか、人の幸福に焼き餅を焼いて、その人が不幸になりゃあええのにと考えたりするやつは、心根の汚い人というんじゃ。お前は、絶対にそんな人間になっちゃあいけんぞ」
「うん、ぼくはそんな人にはならんけんね」
(第二部『地の星』より)


小説を読むと、愛情を注がれた幼い頃の記憶というものの大切さをひしひしと感じる。
それは消えることのない、間違いなく財産として体に残っていくものだ。
祖父の膝の中に抱かれ「お前のホッペはマシュマロみたいやなぁ」と、顔を皺くちゃにしながら頬をつままれたことや、「桃子、こっち来ておじいちゃんのビールついでくれ」と言われたことなどを、元気だった祖父と、きっとこれが最後のお別れだと悟った病院のベッドで思い出して泣いた。
けれども、今でも祖父のしてくれたことを、私はしっかりと覚えている。
最後まで立派な、愛情に溢れた祖父だった。
祖母は、そんな祖父を今でも深く愛しているのだと、大阪での数日でひしひしと感じた。一人になって丸六年。
お仏壇に向かって、墓前で、ぶつぶつと祖父の名を呼びながら何事かを話しかける祖母は、きっと一番そんな祖父から愛情を注がれていた一人である。
それでもめちゃくちゃに明るい祖母に、
「淋しいな」
 と言うと、
「淋しい」
 と言った。
「でもな。おじいちゃんの分まで生きるって、サッコが言うねん。生命線も長いしな。ほんま、この生命線埋めたろかな思うで」
 と、やっぱり明るくケタケタと笑った。(サッコとは、私の叔母のことである)

おじいちゃん。このおばあちゃんはすごいなぁ。
ほんまにいつも、愛情をたっぷりとくれて、ありがとう。
私も誰かの記憶に残る愛情の残し方をできる人になりたいと思います。

地の星
宮本 輝(著)

新潮社・刊
 

著者PROFILE
木村桃子
ある時は着付けの先生、ある時は書店員、ある時は川原でぼおっとしているひとりの主婦。
 
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