「出展者の皆さまにおかれまして、本日も多大なる成果を挙げられますことを」
10時の開場とともに、こんなアナウンスが毎朝流れる。
「多大なる成果?」
正直なところ、「なに、それ?」と思った。
「なに、それ?」と思ったのは、成果って言葉が妙に浮いてきこえたからだ。
このアナウンスが流れているときには、すでにお客さんは、入場してきている。
「成果」? それってお客さんにどう関係しているの?
お客さんにとっての「成果」というものについて、しばし考える。
――本を買うこと?
そこで楽しい時間をすごすこと?
もちろん、そんなことは成果とは呼ばない。
お客さんがブックフェアに本を買い求めたり、楽しい時間を求めたりするのは、
あまりに当たり前のことだ。
お客さんは、成果を求めて来るわけじゃない。
成果というのは、結局のところ、
出展社が「儲かる」ことを言うのだろう。
朝から、正直、重い気持ちになった。
ブックフェアに参加するのは、二度目だ。
一度目は、お客さんとして。
二度目の今回は、出展社として。
創業二年足らずのミシマ社にとって、今回はもちろん初の出展だ。
そして、おかしなことに、
「最初で最後の出展にしよう」と出展を決めたときから話しあっていた。
「最初で最後、どうせなら、伝説にしよう!」
誰からともなく、そういう声が発せられた。
気持ちと気合いだけは、いつも「ビッグ」なのだ。
ブースをつくるにあたっては、一度目の経験が、少しは役立った。
お客さんとして来たとき、痛感したことは、
とにかく人が多い!
ぜんぜん、KYOTO的じゃない!
というもの。
だとしたら、あの広い空間に、ひとつくらい「ほっこり」したものがあってもいいんじゃないの。
そういう思いで、畳をもってきて、「お茶でもどうぞ」という空間をつくることにした。
まさにKYOTO的の精神を具現化しようと思ったわけだ。
結論からいえば、最高に楽しい時間となった。
残念ながら、伝説、になったかどうかはわからない。たぶんなっていない。
ただ、その4日間で、伝説になること以上に、ものすごく大切な体験をすることができた。そして、それは、すさまじく大きな「発見」でもあった。
僕たちは、「読者」と出会えたのだ!
出版社にとって、本が売れる、ということは、とても重要なことだ。
いうまでもなく、本を買って読んでもらうことで、出版社はなりたっているのだから。
とすれば、読者という存在は、出版社にとって、神様のような存在ともいえる。
けれど、実際に出版社で「読者」の話をすることがどれほどあるだろう。
「3万部突破!」
「10万部爆発!」(言わないか・・爆発)
といった広告コピーの中に、一体何人の「読者」がいるのだろう。
顔のない「10万部」という数字だけが一人歩きしているような気がしてならない。
事実、僕自身が、そうだった。
何万という数字そのものに価値はない。そんなふうに頭では思いつつも、だからといって、何万という数字は、一人ひとり、まったく別の顔をもった「読者」の集まりであることに意識が及んでいなかった。
少し考えれば、すぐにわかる、当然のことなのに。
それもこれも、ふだん出版社の人間が、読者の方と触れる機会がきわめて少ないからだろう。
本を読者の方に直接届けているのは、書店員さんたちなのだ。
出版側の僕たちが、日々やっていることといえば、データを見て、「売れた!」「売れない」と一喜一憂しているにすぎない。顔のみえない、身体性のそげおちた、「1冊、2冊、5冊」といった数字に反応しているだけなのだ。先ほど、「発見」と書いたのは、このことだ。
目の前に、「読者」がいた!
みんな、違う顔、違う服、違う髪、違う言葉遣いをしている。
みんな、全然違うことを考えている。
連日、ブースに通ってくださった人たちでさえ、
ミシマ社に対する期待や思っていることも、当然違う。
当たり前のことだ。
けど、そうした当たり前のことを、実は肌感覚としてわからないでいた。
それが、このブックフェアを通して、たとえほんの少しであっても、変わった。
少なくとも、原点回帰の意味をあらためて実感した。
原点回帰。
それは、一人の読者としっかりと向き合うこと。
一人の読者としっかりとつながること。
それは、なにも、いい本をつくるということだけじゃない。
時には、直接、会うということでしか得られないこともある。
そう思った瞬間、一人の人物のことが脳裏によぎった。
そうだ、仔ぐまの健さんに会いにいこう。