夏から秋にかけて、高齢者医療や介護職に携わる人の集まる学会が各地で行われる。
毎年違う場所でやっているところもあれば、
何カ所かを交代でやっているところもある。
その年、私が行くことになったのは鹿児島だった。
大きな集まりがあって、鹿児島市内に宿泊して取材をした。
鹿児島に行くならこの施設を見てきたほうがいいよ、と先輩社員にすすめられたのは
市内から離れた別の市にある特別養護老人ホームだった。
老人ホームといわれる施設でも、いろいろなところがある。
特別養護老人ホームは、自宅に戻る目的で滞在・治療する場所ではなく
生活をする場所とされているため、
各部屋のほかに、集会室や浴室、食堂がある。
施設によっては礼拝堂のようなところや休憩できるスペースをとっているところもある。
そして、生活に支障のないようにリハビリをする施設もしばしば設置されている。
鹿児島のその施設へはどうやって行くのがよいか調べがつかなかった。
鹿児島市に着き、学会の会場に向かうタクシーの運転手さんに
その施設がある場所へはどうやって行ったらよいか尋ねてみた。
運転手さんはしばし黙ったあと、タクシーだと5000円、いや6000円くらいか、とだけ言った。
電車やバスでは行けないんじゃないかという。
明日行きたいんですが、と伝えると、
ずいぶん心配した様子の運転手さんは、翌日私と待ち合わせしてくれることになった。
交通費には驚いたけれど、鹿児島というところはそういう地形なんだと後で知った。
先輩の社員さんがすすめてくれた施設は、
たまたまそのとき原稿を執筆してくださったPT(理学療法士)さんの
勤務先でもあった。
お礼もかねてと思って、尋ねていくと、
見ていってくださいとリハビリ室に案内してくださった。
リハビリ室は近隣から通ってくる方と施設に入居している方と、さまざまなお年寄りがいた。
そして、その方たちが安全にリハビリができるように
見守ったり、声をかけたりする若いPTやパートさんがいた。
私は丸椅子に腰かけて、明るく笑うお年寄りやPTさんを見ていた。
リハビリ器具を使う人が多すぎて、
次に何をしたらいいのか困っている人がいたことに気づいて、
見ていられなくてふと立ち上がると、椅子にはフリルのついたチェックのカバーがかけてあった。
そこであらためて見回すと、その施設では、病院にあるようなベッドや器具に、色とりどりのチェックのベッドカバーやクッションカバーがあった。
思わず尋ねると、これはパートさんが作ってきたものだという。
大学時代、私は日本食のレストランでアルバイトをしていた。
学生、フリーター、パート、社員とさまざまな立場の人がいたけれど、
主婦でパートにきている方は、大勢の若い学生でも、使いやすくなったり、手際がよくなったりするように
いろいろな工夫をしてくれていたのを思い出す。
あるパートの女性は、それまでバラバラの布を折って使っていたふきんを
家で手縫いにしてきて新しいふきんの箱に入れてくれていた。
テーブルが拭きやすくなるようにしてくれていた。
学生の私はそれをただ使っていただけだったけれど、
あるとき、その女性がいなくなったとき、バラバラになったふきんと、 その使いにくさに気づいた。
リハビリ室のなかで、手作りのふうあいが残るベッドカバーに横たわるお年寄り。
よくテレビなどで見かける施設や病院のリハビリ室にはカバーはなくて、
グレーの冷たい革のマットにお年寄りが横たわっている姿が浮かぶ。
ベッドカバーや椅子、クッションなどについているカバーのパステルカラーに「役目」を感じてしまった。
それらに手作りのフリルがついているのを見て、
「これが生活のしるしで、これこそが文化じゃないのかな」とふと思った。
いらないと思ってほっておけばほっておける。
だけど、誰かが一手間かけて日々使うものを美しく、あるいはあたたかく、気持ちよく整えておく。
そういう一手間のおかげで、生活が便利になったり、楽になったりする。
さらに、ただの小物にも、潤いのようなものが生まれる。
先輩社員が見にいったほうがいいといわれたことを思い出し、
タクシーでそこまで送ってくださった運転手さんを思い出し、
帰りは鹿児島から車で通っているPTさんに送っていただいた。
たしかにそこには暮らしている人がいた。
その人たちのためにフリルや明るい色のカバーがあった。
施設というもの、生活というものに、何があって何がないのかを急に考えるようになった。