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仕事をはじめてまもなく、研修の一環で、
ある高齢者施設で実習をするという機会があった。
一日だけ。もちものはジャージ。
私も、私の家族も健康すぎて、めったに病院とは縁がなく、
年をとったからといって家族が別の場所に住むという経験がなかった。
もし家からいなくなるとすればそれは死を意味し、それまでずっと家族は一緒に住むものだ。
すべての家族がそういうわけではない、という事実を知らないで、私は24歳になっていた。
だから、どんな人が高齢者施設を利用するのか具体的によくわからなかった。
施設がなんのためにあるのかすらわからない。内装もそこにいる人々も想像がつかなかった。
まさかそこで実習なんてドキドキである。どんなところで、どんなことをするのか。
実習に行く予定の同期も、みな少しドキドキしていたみたいだった。
仮病でこの日の実習だけ休んだ同期もいた。
とりあえず。
高齢者のみなさんが大勢暮らしているところらしい。
でも、少しネガティブな印象は否めない。
現代に「姥捨山」はいくらなんでもないだろう。
だけど、年をとった人だけが集まる、って私にはそういう例しか知識にない。
想像をふくらませても、認知症(痴呆)で意思の疎通ができない人がいるところ、
どこか身体が悪く治療をしている人や、身体の自由が利かない人がいるところ、
異なる世界というイメージがついてまわった。
私がお手伝いすることになった場所は、施設に住んでいる人、
認知症の症状をもっている人、
日中だけ施設に来る健康な人が一緒に滞在する大きな部屋だった。
実習生の割り当てをみたときはまだよくわかっていなかったけれど、
「デイサービス」という介護サービスに使われる部屋。
スタッフさんにいわれたとおり、床を掃除したり、湯のみを洗ったりして準備をした。
模造紙にその日の歌の歌詞をマジックで大きく書いた。
おそるおそる始めた実習だが、やってる内容は学校みたいだと思った。集団生活だ。
午前中、人が集まる。すると、ちょうど学校の先生のような感じでスタッフさんがしきり、
みなで歌を歌ったり、体操をしたり、簡単なゲームをしたりした。
歌を歌うときはハーモニカの上手なおじさまが伴奏をしている。
ご自身のハーモニカを持参していらしたようだ。
ゲームのほうは道具を使って得点を競う。
どうも身体を動かすことがポイントになっているみたい。
そして、全員が参加するように、いやがったり恥ずかしがったりするお年寄りにも、
スタッフさんはうまく順番をまわしていく。
しばらくすると、お茶が出た。数人でテーブルを囲んで、お茶を飲む。
昼になると昼食が出て、みなで食べる。おしゃべりを楽しんだり、テレビを見たりもする。
「デイサービス」という単語からは想像できなかったが、
どうやら施設にいる人が日中にするべき課題を与えてくれる仕組みのようだ。
年をとって、学校や会社に行かなくなると、日中こういうことをするのか……。
うちの家族は田舎暮らしで自営なので、
祖母も祖父もデイサービスには行っていなかった。
庭の草をとったり、野菜を育てたり、自分の体力と経験にみあった「日課」があった。
だけど、都会のおじいちゃんおばあちゃんは「日課」ってないのかな、ないか、とぼんやり思った。
歌を歌ったり、体操をしたり、おやつを食べたり。何かと似ている。幼稚園?
そう気づいたとき、なんだかちょっとざわついた。
幼稚園みたいだけれど、ここにいる人たちはみな、
私の3倍くらい長く生きている先輩方なのでは。
介護については何も知らない立場だから何も言えない。
でも、「ふつうはそうやっていくのが人生の流れなのかな」と思うことにした。
そういえば。
日中の利用者が来るのを待っているあいだ、
施設に住んでいるおばあちゃんの車いすは、
NHK教育テレビで流れる子ども向け番組に向けられていた。
おばあちゃんが見たがっていたのか、実際に見ていたのかはわからない。
お茶のとき、「あの方にはこれを」と一人だけ、
液体ではなくてジェル状になったお茶とスプーンが入った湯のみを渡された方がいた。
お年寄りとはいえ、
飲み慣れていると思っていたふつうの温かい日本茶が飲めない人がいるとは。
味は同じなんだろうか。
食事のとき、のどのあたりになにか手術跡のような
プラスチックのまるい器具がついているおじいさんが何度も私をよんで、
「九州にすむせがれ」の話をした。最初はそうですか、そうですか、
と話をきいていたけれど、スタッフさんが私をよぶので、中断。
離れたところから見ると、手招きしてくれるので、おじいさんのもとへ戻ると、
また最初から「九州にすむせがれ」の話が始まった。
みなでお昼ごはんをたべたあと、職員さんがあるおばあさんに言った。
「ちょっと、いま口に入れたもの、見せてください。黒板消しだったでしょう?」
こ、黒板消し? 食べちゃったの?
そしてなにより、Mさんとよばれていたおばあさんが、
いつもいつも私の視界に入ってきた。
Mさんは車いすに座って、ベルトをしていて、うめいていた。
顔は上を向き、何かを探しているような、
何かから逃れようとしているような動きをしていた。
「うあああ……」という声をたえず発していて、会話をすることもできず、
たまに家族か誰かの名前がききとれた。
意思の疎通は、とりあえず初対面の私では無理だ。
年をとってしわがきざまれた顔。白髪のまじった顔。
しわと血管がみえる細い腕。
だけど、目は閉じ、口を開けたままで、苦しい表情で車いすにもぞもぞと座っていた。
スタッフさんは、「Mさん」と声をかけながら、ときどき背中をさすったり、
開いている口にとろみがついた食事をそっと差し込んだりしていた。
Mさんはどれくらいの間、うめいているのだろう。一日中? まさか。
そして、車いすについたベルトをしきりに手で払おうとしていたようにも見えた。
でもベルトがなかったら、Mさんは落ちてしまうよ。
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